ワンワン☆の雑記

大学生一年生、田舎生まれのつぶやき。

【6冊も要らない】『デスノート Lighe up the NEW world』感想

話題の『デスノート Lighe up the NEW world』を一昨日見に行った。

 

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【公式サイト】

http://wwws.warnerbros.co.jp/deathnote2016/index2.html

 

この映画は人気が高い藤竜版の『デスノート』二部作の直接の続編ということで、昨年のドラマ版最終回の後に電撃発表されたことで注目されていた。自分も大好きな作品だったので期待に胸が膨らみ、この時を楽しみに半年を過ごした。番組の最後に発表があると告知された時も、Blu-rayBOXの発売決定とかだろハイハイと予想していたので、藤原竜也松山ケンイチの映像が流れて震えた。

 

その藤竜版『デスノート』が公開されたのはもう10年も前。確かに今藤竜が高校生の役をやるのはさすがに無理があるので、それだけ時の流れを感じる。自分はこの実写映画からデスノートの世界に引き込まれ、原作・アニメと網羅していった。それぞれ少しずつ違いはあるが、どれも本当に面白い。というのも設定が抜群に興味を引くのだ。ノートに名前を書かれたら、死ぬ。シンプルなルールの元で行われる心理戦。どうしてこんなに単純で面白い話を今まで誰も思いつかなかったのか。(もちろんそれを活かす話を作るのは簡単ではない)

 

【過去の記事】

藤竜版『デスノート』が面白すぎる - ワンワン☆の雑記

 

藤竜版『デスノート』は興行収入的にも大ヒットを記録し、しばしば実写化の成功例として挙げられることも多く、当然支持する人も多い。その続編というだけで劇場に足を運んだ人も多いはずだ。そんなわけで満を持して公開された今回の作品。大きすぎる期待を背負っている反面、あの傑作を超えるとまではいかなくとも納得できる作品に仕上がっているのかと不安も抱えていた。俺は複雑な気持ちを持ちながら、公開日に映画館へと赴いた。

 

前置きが長くなったが、詳細な感想の前に結論を言う。

 

恐れていた事態が起こってしまった……

 

個人的に今年の最低続編賞候補。『セーラー服と機関銃 -卒業-』も酷かったが、あちらは環奈ちゃんが可愛いから。

 

予告編の時点で賛否両論ではあったが、とても面白そうだと思っていた俺は映画の本質を見抜けなかったというわけか。まぁ、つまらなそうな予告編なんてそうそうないししゃーない。

 

 

ここからは内容に触れながら書くのでネタバレ注意。

 

 

そもそも今回の映画、原作に存在していながら今まで本格的に話に絡むことがなかった「6冊ルール」が初めて採用されると大々的に言っておきながら、それが活きていない脚本に唖然とした。この6冊ルールというのは、デスノートが地上に存在できるのは6冊まで、というそのまんまのものなのだが、わざわざこんなマイナーなルールを今回引っ張ってくる必要があったのかという根本的な疑問がある。

 

登場人物が次々に公開されていく段階で、ノートの所有者同士が争奪戦を繰り広げる多面的な物語になると予想したが、実際は映画の早い段階で勢力は1vs1の二勢力になり、6冊のノートも4冊と2冊に分断されることになる。

 

しかも酷いことに1冊1冊を手に入れるシーンがほとんど省かれ、「こちらは既に4冊のデスノートを所有している」みたいな台詞には萎えた。えっ、いつの間に!?状態である。そもそも6冊のノートを使った話を一本の映画にまとめあげるのは土台無理な話で、時間の都合で駆け足ぎみに複数のノートを集中させるような展開になるのなら、物語的に「6冊ルール」の必然性を感じない。ただノートの数が増えただけだ。

 

「キラより面白いものを見せてあげる」と予告編で大口を叩いた川栄李奈演じる所有者も何の捻りもなくあっさり殺され、ノートを回収される。彼女には特に考えがあったわけではないらしく、ただ思いついたことをなんとなく言ってみたかったに違いない。キラより面白いもの?一体何をするつもりなんだろう、とワクワクしていた我々は裏切られた。予告編の交差点の派手な演出もどの場面でくるかと思ったら、まさかの物語導入部。単なる引き立て役だった。(実際引き立ったかは知らない)

 

彼女にしてもそうだが、物語の大きな欠点として今回のデスノート所有者がことごとく頭が悪い。前作ではお互い姿もわからない夜神月とLが、相手を追いつめようと考えを巡らせるところが見どころだったのに、それに比べて本作の登場人物たちのなんと警戒心の薄いことか。

 

敵に素顔を隠そうともせず迂闊な行動に出たり、明らかな罠に引っかかって自爆をしたり、キラの崇拝者にしてもLの後継者にしても、天才という設定をまったく感じず、やり取りのレベルを低く思ってしまう。

 

それというのもこの映画、心理戦がまったくといっていいほどない。

 

それがデスノートの醍醐味ともいえるのに、これは致命的だ。推理らしきものといえばクライマックスで明らかになる新生キラの正体くらいだろうか。だがそれも視聴者側からすると、理由まではわからないにしても選択肢が少なすぎて、おおよその見当がついてしまう。なので意外性というものを感じない。

 

10年前の続編ということで、前作から引き続き登場しているキャラクターたちのことも触れておく。月・Lは前作で死んでいるにも関わらず、今回も登場すると発表され喜ばしかったが、今となっては別に出なくても良かったんじゃないかとすら思える。藤原竜也のシーンは少し多くて頼りすぎてる気がしたし(特にエンドクレジット後のオチに使ったのはよろしくなかった。何が「計画通り」なのか。絶対言いたかっただけだ)、松山ケンイチに至っては、せっかく本人が再度演じてくれたのに作中でお粗末なCG扱いされていて酷過ぎる……

 

戸田恵梨香演じる弥海砂は一体何度死神の目を取り引きするのか。結局自殺したけれど、彼女に関してはなんだか切ない。そういえば松田も死んだな。まぁ、本名がばれていたから仕方ない。作中何度かあったスマホから音声を流すくだりは少し無理がある気もするが。

 

そして一番違和感があったのがリュークである。デザインも新しくなり雰囲気が少し変わったのだが、見た目だけでなく性格もこんなだったっけというズレがあった。海砂に「月は生きているの?」と訊かれた時に笑ってはぐらかし消えるのだが、これただの嫌なやつじゃねーか。このシーンはまだいいんだが、決定的なのは終盤で機動隊のヘルメットを外していくシーンだ。確かに原作でも似たくだりがあったが、それをやったのは別の死神で、リュークはそういうことをやるようなタイプではないだろう。いつからそんなに協力的になったのか。

 

死神といえば竜崎のノートに憑いていたアーマという白い死神。竜崎の危機を救うためにノートを使い死んでしまうのだが、その行動原理がもはや理解不能である。竜崎は「アーマ!アーマァ!バカァ!」と泣き叫びキャラを崩壊させるのだが、二人の間にいつの間にか芽生えていた友情を描く描写が少なすぎるために、そのシーンで全然共感ができず、冷めた表情で淡々と流すことになった。先述の通り物語が駆け足なので、キャラが掘り下げられないまま物語が進み、登場人物を好きになる時間がない。

 

逆に出てこなかった人物の話。月の父親である夜神総一郎の現在については作中で言及が欲しかった。全キャストを続投させるのが難しいことくらいわかるが、主要人物であるはずなのに今回一切触れられていなかったのが逆に不自然に感じる。キラウイルスのせいで月がキラだったことが世界中にバレてしまった時、その事実を隠されていた母親と妹がどうなったのかも気になるところだ。そう考えると前作のラストシーンの意味をすべてぶち壊すような映画だとも言える。

 

ここまで珍しくボロクソに叩いたが、良い点をあげるとすると今回デスノートが大量に地上にもたらされた理由として「死神大王がキラの後継者を探しだした死神に、自分の後を継がせようとしている」とリュークが語るシーンはなんだか皮肉で良かった。他にも竜崎が家を出るたびにノートの所有権を放棄しているくだりもアイディアは面白いと思った(ストーリーにはあまり影響しなかったが)。

 

今回の対決は結果だけみると竜崎の完敗なんだよな。普通に本名バレて名前を書かれていたわけだし。そもそも三島が所有権を放棄した理由もよくわからない。自分の理解不足なんだろうけど、総じて感想を言うと作らないでほしかった、としか出てこない。あと、冒頭がなんであの外人なんだろう。途中ダイジェストで死んでいたし、タイトル前のインパクトとして弱かった気がする。ラストも作ろうと思えばいくらでも続編が作れるような感じで終わったが、このへんで勘弁してもらいたいものだ。(本当に最初から最後まで不満が出てくるな……)

 

Lのスピンオフ映画が公開された時にジャンプに掲載された原作の最終回のその後を描いた読み切り(残念ながら単行本未収録)で、キラを模倣し悪人に裁きをくだした男が最後自殺し、月を超える存在はいないと死神が諦めるのだが、デスノートの物語であれ以上の対決はもう無いのだと、そこで答えが出ていたのかもしれない。

 

内容には関係がないが前の席の連中が騒がしかったし、これなら『君の名は。』の三回目を見た方が百倍マシだった。

 

期待して過ごした俺の半年間を返してくれ。